先日、晴れて娘は17歳になりました。
世の親御さんならご理解いただけるかと思いますが、子供が成長するのは本当に早いですね。昨日生まれたかと思ったらもう17歳。月日の流れの速さにただただ驚くばかりです。
またニュージーランドから帰国して1年以上経ちました。
今回は娘の成長を振り返りながら、帰国して得たもの・失ったものにフォーカスしてお伝えしようと思っています。
ニュージーランドから日本に帰国して得たもの
得たものは計り知れないほど多いです。以下に箇条書きにしながら説明します。
年齢相応の母語力
ニュージーランドに居た時から日本語の本に親しみ、家では日本語を徹底してきましたが、やはり日本に住む日本の子供の母語力、つまりは日本語力には勝てませんでした。流行り言葉なんていわずもがなです。
しかし帰国してからは、常に24時間日本語だけの環境なので否が応でも日本語力が鍛えられ、今は周りの17歳の子供と全く同じ語彙力で話し、書いています。
私からの母語学習は終了だと心底思えた局面でした。
時間の正確さ
ニュージーランドはかなりのんびりした国で、それは非常に良いところでもありました。
しかし反面、のんびりという文化は時間のルーズさにも出てきていました。
学校では先生が授業に遅れることも日常茶飯事。しかも先生はそれについて全く問題とも思っていません。
娘はその文化で10年育ったので、時間を守ることに対して全く危機感なく、例えば10時集合という約束があれば、現地に到着するのは10分くらい遅れるのは当たり前だし、それは時間内に到着出来たと言えると、本気で思っていました。
しかし皆さんもご存じ通り、日本はこうはいきません。
娘は学校でも痛い思いをし、友達間でも痛い思いをし、色々とガツンと痛い目を見て学んだようです。5-10分前に着く事こそが問題ない行動だと。
日本の文化、ありがとう。
文字を丁寧に書こうと努力する姿勢
ニュージーランドで母語教育をしていた時から「文字を丁寧に書きなさい」と伝えてきたのに、娘の心に届いたのはその1割くらい。
あまりに娘の心にヒットしなかったので、私もだいぶヤケクソになっていた時もありました(笑)
しかし、帰国して1年余りたった先日、娘の学校用のノートを見た時に思ったのは
「文字がしっかり丁寧だわ…きれいで読める文字になってる…!」
環境の力って本当に恐ろしい、いやありがたいですね。
なぜこれがニュージーランドで出来なかったのかと悔やまれますが、まぁもうしょうがないです!
勉強に向き合う姿勢
ニュージーランドはのんびりした国なので、勉強のカリキュラムも結構のんびりしているのは、現地の方もよくよくご存じなところでした。
そのカリキュラムの緩さを良く捉える方、悪く捉える方様々でした。
ちなみに中国人のご家庭においては、悪く捉える方が非常に多かったように感じましたが(笑)
案の定、娘も勉強というものをかなり舐めており、日本なら「文化センターで嗜む」程度の勉強を最大限の勉強だと思っていました。勉強をしている自分GoodJob!みたいな気持ちが強く、GoodJobな輝く自分の方にフォーカスが行っているような。
その為、帰宅後の娘に私が「その認識では甘い。自己満足のための勉強は無意味だよ。」と何度も何度も口を酸っぱくして伝える必要がありました。しかしその時はほぼ娘の心にヒットしませんでした。親がヒステリックに何か言ってるよ…くらいだったと思います。(なんじゃそれー!という私の叫び)
しかし日本に帰国してこの1年間強を過ごす間に、周りの友達が「自己満足でなく本気で学力を高めたい為だけに一心に勉強をする」態度を散々見せつけられてきたのでしょう。
娘もそれにかなりの影響を受け、私の監督なしに自発的に一人で勉強をしていかないと結局ダメなんだ、という事を痛い思いをしながら肌身で感じている様子です。
いやー本当にありがたい。環境万歳。
まぁそれでもまだ私の納得するレベルではないですが、まぁそれでも日々前進という事で(←歯切れが悪い)。
多大な勉強量をこなす姿勢
上のトピックと多少被るのですが、ニュージーランドはのんびり(ry
なので、勉強の量も恐らく日本の高校の1/3くらいだと感じています。
要するにはそんなに勉強の量は多くないんですね。
しかもやればやっただけ先生や周りの方々からGoodJobと褒められます。
一見良いことのように思えますが、ここで落とし穴なのは
という事なんです。
それで何が起こるかというと、全てが加点方式で成績上位者間での競争が生まれない。
娘は私の監督のもと日本式の勉強をしていたので、特に数学は学年トップでした。しかしレベルが低すぎて娘の志も低くなり、これくらいでいいやの気持ちしか生まれなかったんです。
その為日本に帰国して高校生活をスタートさせたものの、上記のような勉強姿勢なので、1年生の頃は相当に成績はビハインドを取りました。
娘としてはなぜ自分は頑張っているのに思うような成績を取れないのか分からない。
分からないからイライラする。それで私に当たる。
そういう1年だったと親の私は見て思いました。
しかし年末にあることがきっかけで、徹底的に話し合ったことがあったんですね。
その時に、娘は「完全に見落としていた、あること」に気付かされたようです。
勉強は、もっと言うなら学力は基本的に加点方式ではなく減点方式であると。
「自分が遊んでいる1時間を、他の子は勉強して学力をつけている。
自分が勉強している1時間、他の子も勉強して学力をつけている。
こうやって勉強量を稼いでいく他の子に、どうやって休み休み勉強しているあなたは勝っていくの?1時間あなたがボーっとしている間に、他の子は勉強しているんだよ?」
と問いかけた時に気が付いたそうです。
娘は、ある一定時間勉強して「これくらいでいいや」と思えれば、後は遊んでも大丈夫だと思っていたようです。なぜですかね。
さすがGoodJobの文化で育っただけありますね…。
念のためお伝えしますが、ニュージーランドの「のんびりしている文化」は勿論いい面もあるんです(我が家ではこれで苦戦する面があっただけで)。あと娘の性格が上記のトラブルを起こしている面もあると思います。
たまに不登校の子が日本からニュージーランドに来られることもありますが、こういう場合は本当に功を奏すると私も思っています。
とにかく皆さんはギスギスしていませんし、学校としても勉強量も少ないので、心と体の調整をしながら無理なく過ごせるという所ではピカイチの国だと思っています。
実際我が家も不登校とかそういうのは無かったにしろ、その文化の恩恵も多く頂いてきましたから。
学校の授業に価値を感じ、授業で知識を得ようとする姿勢
ニュージーランドの学校では、あまり授業が授業の形をとっていないことも多くありました。
具体的に言えば
先生方のワークライフバランスは十分に満たせる学校環境と言えばそうですが。
その為、学生はあまり授業に価値を置いていない子も多くいました。
娘も学校は好きなので行っていましたが、授業そのものを大切に扱う気持ちは、日本の子に比べて断然低かったと思います。
そんな状況からの日本の高校生活がスタートです。
娘は上記のような考えだったので、まず日本の学校の授業がガッチリ意味のあることにビックリしたようです。「感動だよ…」と驚きの念を隠せませんでした。
しかし反面、自分の甘い面も見せつけられたようです。
やってきた宿題も先生にチェックされない環境だったので、日本の学校でも出された宿題も舐めてかかってやらないでいたら、翌日先生に怒られたそうです。
「疲れたのでやれませんでした。明日でも良いですか?」
と何故か食い下がったようですが、
「そういうものじゃないでしょ、宿題って。明日までにやってきなさいというのなら明日までにやるのが基本でしょ。」
とピシャリと返されたようです。
確かにニュージーランドでは疲れたから宿題は明日という理屈は通ったけれど、ここは日本。どうして食い下がれると思ったのか。
おかげで娘は、日本では授業はしっかり意味を持つし、1回でも休むと置いて行かれるし、宿題はやらないといけないものという認識に改まりました。
日本の先生方、本当にありがとうございます。
この調子でビシビシ、ビシビシ(2回言いました)と鍛えてやってください。
公共交通機関を使って近くない距離を一人で移動するスキル
ニュージーランドにいた時は、公共交通機関も整っていないため、親が子供を学校まで送るのは当たり前の文化でした。
私は車は運転していませんでしたが、娘と一緒に歩いて学校まで送り、そして迎えをしていました。それは車のドライバーのモラルが酷く、頻繁に車と人の交通事故が起こるため、娘の安全確保の為もありました。
その為、娘は「一人でバスや電車に乗りどこかに行く」という事を一切せず帰国する事になったんですね。
数か月お世話になった中学校はそれでも良かったんです。
短い距離ではあったけれど、1人で登下校はそれでも心配もありましたが。
でも1ヶ月もあれば慣れました。
しかし高校は電車に乗って、しかも乗り換えもして行かないといけない遠い場所でした。
娘はどうやって1人で電車に乗り、また乗り換えして学校に行くのか分からずオロオロ。
そんな娘に乗換駅、下車駅のメモ書きを渡しました。
何番線から乗り降りするのかまで書いたものです。
それを握りしめて娘は一人で登校スタート。分からないことは駅員さんに聞いたようです。
「駅員さんも心配していて『お母さんは一緒じゃないの?』って聞いてきたよ」
と帰宅した娘が言っていました。
高校2年になった娘はすっかり電車通学に慣れ、何の問題もなくスタスタと行けるようになりました。子供の順応性は高いですね。
ニュージーランドから日本に帰国して失ったもの
ニュージーランドから日本に帰国して失ったものも確かにありました。多くはないですが、残念なところもあります。以下に紹介します。
年齢相応の英語力
日本語のキャッチアップが取れているという事は、その間の英語に触れていないことでもあるし、確かに日本式の英語学習は順調ですが、生きた英語という面ではあまり触れられていません。
という事は、17歳に触れる現地での英語は取りこぼしているし、これが18歳、19歳…と続いていくという事でもあります。
娘の英語力は確実に落ちていくのだろうと思います。それでも日本式の英語力は高いままですが。
ちなみに先日、全く対策せず英検1級合格しました。
その程度には高いです。しかし現地の英語力には負けていくのでしょう。
日本のルッキズム文化に影響を受ける
ニュージーランドにいた時は、みんな身なりに全く気を使っていなかったので、娘もその文化で生きてきた為、髪型や服装には全くこだわりがありませんでした。
しかし日本に帰ってきてから少しづつ、本当に少しづつですが、周りの影響を受けるようになりました。
これだけでも親の私としては天変地異くらいの変わりようだと思っています。
もちろん上記の様子くらいではルッキズム云々まではいきませんし、身だしなみの範疇のものもありますが、昨今の日本は私が若いころに比べて、病的なやせ願望や安易な美容整形など、格段にルッキズムが過ぎている所があります。
娘が更にその影響を受けないように、私からも折に触れ伝えていかないとなと思ったりしました。
娘がニュージーランドから帰国して得たもの・失ったものの説明は以上になります。
これを読まれた方の何らかのお役に立ちますように。


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