娘の成長と昔の自分を振り返って

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何気なく見たSNS

私は今とあるアカウントにてtwitterをしているんですが、その前に持っていたアカウントがありました。それは娘が1~2歳の頃に書いてた、ただただ育児ツライぼやきアカウントだったんですが。

その前のアカウントの投稿をひょんなことで見返すきっかけがありました。もうそのアカウントは使ってないからなのか、凍結されてしまっていて、もう復活出来ないのかもしれません。

そこには生まれたてホヤホヤと思わせるような娘の言動、そして翻弄されっぱなしの私の構図がありました。人生初の育児で相当に参っている私がいました。そして「私が親で本当に良かったのか」「他の人の方が親に向いているんじゃないか」という言葉が、それはもう頻繁に繰り返されていました。実際その時にもがいていた自分を今でも鮮明に思い出せます。

娘の成長と私の気持ちの変化

時は過ぎ、今は9歳になった娘の母となりました。もう生まれたてほやほやという娘の姿はどこにもなく、ただ元気だけが取り柄の娘となりました。今にして思えば当時の生きるだけで精いっぱいの娘、もうちょっとゆったりと愛でてあげても良かったのかなと思ったりします。でもきっと今同じことを体験しても同じように必死にもがくでしょうし、きっとそれが私なんだろうなと思います。

しかし私が親で本当に良かったのかという思い、それは形を変えても未だ私の中にはあります。どちらかと言うと子供が苦手だった私には、やっぱりそもそも子供好きな人とは住む世界が違う。接し方ひとつ取ってみても、もうその方法のベクトルが違う。そういうステキなお母さんを目の当たりにする度に、私、お母さんで良かったのかなとじんわりと思うことはあります。

でもそんな私を
「沢山のママがいたけれど、ママが良いなって思ったの。」
「沢山の子供がママの子供になりたいって言ってすごい人気だったんだよ、でも○○が抽選で勝ってやってきたの!!」
と言ってくれる娘。

優しいママには全くなれず、どちらかと言うと怒ってばかりの私を
「大好き」
「大きくなったら結婚するの!」
と言ってくれる娘。

そんな娘を見るにつれ
「私で良いのか」「もっと適任がいたのではないか」
という思いから
「私で良かったのか分からないけれど、こんな私でも娘を一番守れる存在でありたい」
という思いに変わってきました。

親が子供に育てられるというのは正にこの事なのかもしれません。親は最初から親じゃなく、子供に親にして貰うのかもしれません。

勝手な独り言

これは基本的に私の独り言ですが、いま、生後間もない赤ちゃんから、2~3歳までの子供を必死になって育てているお母さんにもし届くなら私の独り言を聞いて貰えたらと思うのですが。

今の大変さは次第に、本当に少しずつなくなっていきます。自分の無価値感を感じてしまう事もあるかもしれません。お母さんにしてみればこの暗澹たる想いが一生続くと思いがちですが、これは一時的なもので、絶対に次第になくなっていくので、安心して欲しいなと思います。
実際ウチの娘が1歳の頃は黄昏泣きが酷く、最終手段で外に連れ出しても娘は落ち着くことはなく、抱っこひもの中で背中をエビぞりにして声が潰れるまで泣くので、ついには周りの通行人から「なんでこの子こんなに泣いているの?大丈夫なの?」と怪訝な顔で訊かれたことが何度かありました。そんな理由知っていたらここまで泣かせないよ…と私まで泣きそうになったものです。

そんな娘も今は私にとても協力的な子になりました。とはいっても娘も自我が出て来て、私がやらないでと言う事を一存で無視し、私もついには怒り出すという毎日の連続ですが。加えて赤ちゃんの頃とは違う悩みが出て来てそれはそれで頭が重いですが。

切羽詰まったお母さんがここを通りかかって、少しでも心が落ち着きますように。

 

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